無料ブログはココログ

トップページ | 2006年5月 »

2006年3月13日 (月)

変わる英語教育

社会のグローバル化に対応して文部科学省が「英語を使える日本人の育成のための行動計画」を平成14年度より始動した。英語の授業の大半を英語で行うことがひとつの目標として設定されている。これを目的として指定した「スーパー・イングリッシュ・ランゲージ・ハイスクール(SELHi)」も成果をあげ始めていて、そこでは、英語以外の教科を英語で教えているところもある。滋賀県立国際情報高校で授業を受けた生徒の半数以上が「(英語による指導を)今後も継続して欲しい」と考えていることが同校のアンケート調査から明らかになった。(2003年12月1日 京都新聞) SELHi等での実践などでは①能力のある教師、②適切なカリキュラム、③意欲と基礎力のある生徒がそろえば、英語の実践的コミュニケーション能力の育成ができることが明らかになってきている。

2006年3月12日 (日)

文法訳読の欠点

では、文法訳読では何が悪いのだろうか。まずは、日本語での説明や和訳が授業の大半を占めることとなる。この部分の用法は何かを日本語分析し遅読少読となりがちで、授業中に英語の音声が聞かれることがないことも多くある。言語の使用もテストのための問題を解くことが優先されコミュニケーションにはつながりにくい。受験等に強い動機を持つものを除き、学習が進むにつれて指導の単調さから学習意欲も低下しがちである。さらに、基本ルールの定着を図ることよりも例外となる項目にハイライトがあたることも多いし、なによりも、また、全訳主義に陥いり、訳を目的化してしまい、表面的訳ができた安心感で満足してしまったり、訳さないと理解できないという悪癖を身に付けてしまう。さらに、訳を求めるにあたり直接的な理解と比べ3倍以上の時間がかかり、理解以外の日本語知識や翻訳術が必要とされる(靜2002:48-60)。また、音読指導に割く時間も限られ、口頭発表能力が身に付かず、何年やっても役に立たない英語教育という批判が絶えない。

うまくいかない英語で授業

英語で授業を始めてみた。Hello, my students. 「あれ、先生英語を話してら?何かへんやな。」教室がなかなか静まらない。「イラスト貼って、導入みたいなことやってるんだろうけど、わかったようでわからんな。」「先生、これテストでるん?」「どうノート取るの?」「○○先生のやり方と違うでー。」様々な声が聞こえる。時間をかけた準備も、まったく台無し。渋々、日本語訳を確認する作業に戻ると、教室は静まる。板書もイラストをはずし、英文を書き、印を入れて、解説や和訳を書く。すると、生徒はノートを取り始める。
文法訳読では、まず、規則の解説が優先され、規則が理解されているかを和訳で確認していく作業が中心となる。現在でも上記のエピソードのように、日本の高校での英語授業に根強く生き残っている。その利点としては、1)言葉に対する意識が高まる、2)目標言語のルールが理解しやすい、3)知的類推力を深めることができる,そして4)教師の負担が軽い(高橋2000:25)が挙げられる。特に、教師としては、大人数クラスで行いやすく、準備に労力を必要としない指導法に浸ってしまうとなかなか抜けられない。
このような状況をなんとかしたいというのがこのブログを始めるきっかけである。

トップページ | 2006年5月 »